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インラインスケート

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準備編/(かなり個人的な)歴史

 一部ではいまだに「ローラーブレード」と呼ばれることもあるインラインスケートですが、「ジープ」が登録商標と同様に、「ローラーブレード」も登録商標です。
ただしローラーブレード社のインラインスケートが、歴史があるのも事実なので無理からぬことではあります。
最初のインライン

さてそのローラーブレード社のカタログ(94年版から)に載っているヒストリーによれば、最初のインラインとして 18世紀のシェークスピア劇の小道具として誕生したとありますが、直接の先祖というわけではありません。
87年型ライトにング
実際にインラインスケートとして確立されたのは1980年のローラーブレード社設立・商品化以降の事です。 そしてほぼ現在のインラインスケートのかたちになったのは1987年からで、日本のショップでも販売されるようになったのもこのころではないかと思われます。
(当然まだ輸入品だったでしょう。以前、松戸のジョイパークに87年型のローラーブレード社製ライトにングがかざってありました)
カルフォルニアプロカタログ

わたし自身は1989年の春ころのTV番組(詳しくは覚えていません)で初めて見て、その年の6月ごろには最初のインラインを (カルフォルニアプロ社製のシューレースタイプのものを1万5千円ほどで)購入しました。(たしか、まだ日本法人扱いではなかったと思います)
ただ、その後のカルフォルニアプロ社製のブーツはディスカウント品として路線変更され、今や「なんちゃってブレード」の旗頭となってしまいましたが。
ローラーブレードカタログ
■ローラーブレード社の
日本版カタログ93~99
(98年を除く)
さて、1991ころまで日本では、ほとんど見ることの無かった(もちろんわたしのまわりでの話、 駒沢や原宿の歩行者天国ではすでにたくさんいたようです。)インラインスケーターでしたが、93~95にかけて徐々に増えてきました。 また、インラインの最初の資料として、「菅野美穂のインラインスケート」が発売されたのも95年の事で、それ以前はメーカーのカタログや、 輸入もののビデオなどが数少ない資料でした。
3Dキャラ2
こうしてローラーブレード社のハードブーツがインラインの代名詞だった時代がつづいたわけですが、90年代後半はソフトブーツタイプが多数派になってきます。 特にK2は日本人に会わせた足型で96年モデルから劇的に履きやすくなりました。
 やがてソフトブーツタイプは、他メーカーでも主流のデザインとなっています。また98年からは「Hypno」のトランスポートタイプが出現。 ほぼ同時期に参入したサロモンも人気商品となっています。
現在、インラインシューズの分類も以前の、フィットネス・アグレッシブ・ホッケー・スピード程度の分類から、オフロード用・街乗り用・長距離用などと細分化してきました。 2000年以降、また新たな種類の登場もありうるわけで、楽しみでもあり、選択が難しくもなるのでしょう。

NIFTY Serve FWELLNES(FWELL)と h/i-Rom のインライン史
1994年03月


1995年04月
1995年05月
1996年01月
1996年01月
1997年06月
1998年06月
2000年02月
/FWELLNES ニュースポーツの会議室にインラインに
 関し、最初の書き込みあり(13日)
(FWINTERの前身では以前から活発に発言されていた)
/インラインの発言が一気に増える。
/町田で初のオフ企画。h/i-Rom初書き込み
/h/i-Rom NIFTY内にHP(個人会議室)開設
/FWELLNES分割消滅 FWELLはじまる
/h/i-Rom NIFTY内にPATIO(個人会議室)開設
/h/i-Rom 当ホームページ開設
/h/i-Rom PATIO廃止